この間、久しぶりに休日の午後の早い時刻に犬の散歩をした。
庭に出て犬を犬舎から出そうとしたとき、暖かい風とともにとても良い香りがしてきた。それは毎年今ころ町中の家々にある沈丁花の花の香りだった。私の家にも、そう大きくないが1本沈丁花が植えられており、それが花を咲かせかぐわしい香りを発していた。
それとともに若干お香でいうと水の香りとでもいう香りが漂ってきた。それは私が数少ない庭木の中で最も自慢しているミツマタの花のそれだった。聞くところによると、ミツマタと沈丁花とはそう遠くない種類の木らしい。しかし、決定的に違うのは、沈丁花は常緑なのに体し、ミツマタは落葉することだ。ミツマタはソメイヨシノと同じく葉を出す前に花を咲かせる。沈丁花ほど強くなく、それが香ると判らなければ通り過ぎてしまうほどの香りだ。
気持ちの良い出発だ。
それはさておき、私が犬を連れて、外に出ると元気な声が近寄ってきた。斬新な文字が入った(と思う)お揃いの黒いTシャツを着た女子高生と思われる5人程度の集団だった。
暫くして判った。それは近くの元女子校の書道部の生徒たちだった。
女子高生たちは、私が家を出て歩き出そうとしたとき、ちょうど私と犬の前にさしかかった。私は、女子高生たちが犬を怖がってはいけないと思い、暫く立ち止まって通り過ぎるのを待つことにした。
女子高生たちは、楽しげに談笑しながら、私と犬の前を通り過ぎようとした。
そのとき、女子高生たちは、見ず知らずの私に向かって「こんにちは!」と大きな声で挨拶をしたのだ。
初老の者が犬を連れて散歩に出ようとしていることへの激励なのか。道を譲ったことへのお礼なのか。
挨拶の意味はどうでも良い。
とてつもなく気持ちが良かった。昨今、挨拶ができない若者が多い中で若干憂鬱になっていた私にとって、最良のプレゼントだった。
「人間はまだ捨てたもんじゃないな」と思い、日々の疲れがすっ飛ぶような気持ちになった。そして、「まだ、頑張ろう」とも思った。
私は、慌てて返礼の挨拶を大きな、そしてはっきりした口調で言った。
「こんにちは!!」
またまた、気持ちの良い出発となった。
その後の散歩は足取りも軽く、見る景色、聞く音全てが心地よく全身に染みてきた。
あとから妻に聞いたことだが、その高校の女子書道部はとても有名なものらしい。
しかし、少なくともきちんと躾けられていて気持ちの良いものだった。