蒸し暑い梅雨の夜だった。
「お先します。」
風呂で昼間の汗を流し、暫くリビングで扇風機に当たっていた妻が寝室に行った。
もう少ししたら風呂に入ろうと思って、好きな釣り番組のビデオを見ていた。
ダダーダーン!!
いつもより大きな音でショウちゃんが帰ってきた。入り口は風呂の窓からだ。
リビングのソファにもたれ掛かって座っていた目の前に来ると、何やら口に咥えていた物をドサッと口から投げ捨てた。恰も「これ、見て!」というように。
寒気がした。昨日は半死半生の小鳥だった。
(またか。)
塊はまだ動いていた。しかし、色からしてネズミではない。子猫だと理解するのにそう時間はかからなかった。
(あの子猫か?)
約3時間くらい前のことだ。
ミックと夜の散歩に出た。城の公園の手前にさしかかったとき、城の駐車場の方から子猫の声が聞こえた。
ミックはそれに敏感に反応し何やら忙しく臭いを嗅ぎ回っていた。しかし、ミックはその居場所を見つけることはできなかった。
(また、捨て猫か。可哀想に。)
しかし、居場所が判らないのだから、どうしようもない。
ミックと散歩を続けた。
(その子猫か?)
咄嗟に、寝室に入った妻を呼んだ。
その声が大きかったのか。妻は慌てて寝室から出てきた。
「どうしたの?」
「あれ。」と子猫を指さした。
当初、妻もまたネズミなのではないかと思ったのだろう。子猫を凝視していた。
「ショウちゃんが咥えてきたんだ。」
「何?」
「子猫だよ。生きてるよ。」
妻は事実を理解したようだった。
「夕べは死んだ鳥で、今夜は子猫だよ。」
「どうするんだ?」
「どうするって、飼うしかないでしょ。ショウちゃんが連れてきてしまったんだから。」
「飼うっていったって、ショウちゃんは病気だぞ。うつったらどうするんだ?」
「何とかなるでしょ。」
妻は、能天気というか、前向きというか、判りにくい性格だ。
(また、一匹、面倒を看るか。)
妻の一言で覚悟が決まった。いつもそうだ。そういう生き方をしていくしかないかとも思った。
名前は「吉」になった。ショウちゃんの気まぐれが功を奏して、多分命を救われたから「ラッキー」なので、そうしようかとも考えたが、余りにも軽薄で面白くない。
妻もそんな名前を考えてもいなかっただろう。
「幸運」を純日本風にいうと「吉」だからそうしようということになったと思う。
子猫は「吉」と命名された。妻は「キッちゃん」と呼ぶことにすぐ馴れた。
しかし、若干呼びにくい。
「吉」を抱き上げて言った。言い聞かせるように。
「ショウちゃんは君の命の恩人なんだからな。」