ふざけた題目のコラムになった。
ある会合でのこと。
若い同業者が、増員後の若手弁護士の現状を訴えた。
それによると、概略、若手弁護士が独立しようとしたとき、経済的な理由から、事務所の備品も全て中古のようなもので、事務所も手狭なもので、惨めであるというのである。
現在、未曾有の法曹人口の大増員により、弁護士を希望しても就職先もなく、やむなく企業内弁護士として就職したり、公務員となったりする人もいるということだ。それは、そもそも法務省、裁判所及び弁護士会がこぞって法曹人口の不足を嘆き、大増員となったはずだ。そのとき反対した者(私もその中の一人である。)は、弁護士の「既得権」のみを守ろうとしている者として批判の対象とされたものである。
それはさておき、このような法曹人口の大増員による弊害は制度的に欠陥があるかどうかの問題である。
しかし、前述の若手同業者の言動は、それとは全く関係のないことだ。
私が独立したときのことを思い出した。
まず、事務所は、当時すでに築40年以上経過した2階建の2軒長屋の片方だった。部屋数は、1階に6畳の和室(全て畳敷)が2室、狭い台所及び和式の1穴トイレ、2階に6畳と4・5畳の和室(これまた全て畳敷)だった。駐車場といっても、家の前に若干存する2台分のスペースしかなかった。家賃は月額50,000円だった。敷金は1ヶ月、礼金はなしだった。古いということでそうなっていた。その2階に住居を構えた。
そこに、実家の物置にあった用済みで捨てられる運命にあった古い応接セットなどを運び込み、任官していた当時から使っていたワープロ(コンピュータではない)を備え付けた。
プリンターは文具店から50,000円くらいで購入した。コピー機も中古のものを探してきた。とても遅かった記憶がある。書棚も実家から余ったものをもらってきた。書棚に入れる本といっても、昔から基本書として取ってあったもの、任官していたころに法曹会から支給された実務書しかなく、ほとんど空いている状態だった。
次に、地方での仕事ということもあり、車が必要だと思い、自動車販売店で中古車を物色した。すると、380,000円という車があった。AMラジオしかついておらず、エアコンも装備されていなかった。しかし、予算がなかったので、それを購入することにした。
事務所を開設しても、顧客はほとんど来ることはなく、先輩からいただいた事件や、国選弁護人の仕事で食いつないでいた。当然、事務員も雇い入れる余裕はなかったので、一人で事務員の仕事もこなしていた。本当に暇で、時折、法廷でベテラン弁護士が次回の期日を決めるときに「差し支えます」という言葉を発しているのを見て、「自分もあのようになるのだろうか?」と思ったほどだった。しかし、不安という感じはしなかった。「どうにかなるだろう」と思っていたからだ。
それから、26年が過ぎた。
今では結構忙しい。そして、経済的にも安定していると思う。安定しているといっても、この大増員の風の中、どうなるかは判らない。しかし、不安感はない。それは、そもそも最初から何もなかったからだ。「また、原点に戻ればいいじゃないか」という気持ちである。
今の若手は、自分たちだけが惨めな思いをしていると思っているのではないだろうか?それは一種の被害妄想ではないか。車だってそれなりのものを持っているじゃないか。一応勤務弁護士として給料をもらっているじゃあないか。外国旅行だってしているじゃないか。そのような人が、自分たちだけ被害を被っているなどと思ったら、それは勘違いだ。
事務所を開設するときには、どんな風にしたら惨めではないというのか?全て新しい物を取り揃え、何十年も経営している人と同じ状況で出発したいというのか?それは余りにも虫が良すぎる。世の中で起業しようとする場合に、そのようなことはあり得ない。
若手同業者の言ったことは、全く同じ経験をした私たちには全く響かない言葉だ。
「若いうちは、それは当たり前なんだよ。」と言ってあげる人が必要なのかもしれない。そして、若者はそんなことを言ってくれる人を大切に思い、その人の言葉に耳を傾けたらどうだろうか。
制度的に見て、現在の法曹人口大増員は、大きな過ちを犯している。しかし、それと起業のときの苦労とは全く別物なんです。